八女茶 新茶 時期の到来
新茶の時期が近づいてきました。桜が咲き始める頃がその時期の到来の合図です。
八女茶にもおいしい新茶の時期はすぐそこです。
八女茶と言っても色々な種類があります。
八女茶の中から、ご自分の好みに合ったお茶を探していただけたらと思います。
八女茶とは?
八女茶とは、ブランド茶として福岡県の八女市とその周辺で生産されているお茶です。
日本中にお茶の産地はありますが、八女市も栽培面積と収穫量で全国6位を誇る有名なお茶の産地となっています。
日本茶の栽培に適した環境として、あげられるのは「涼しい気候」と「雨が多い地域」なのですが、八女市はまさしくそれに適した地域と言えます。
八女茶は現在、生産量が少ないこともあり、希少価値のあるお茶とされています。
八女茶の特徴
八女茶の特徴として、甘味、コク、旨味、さわやかさが豊富であると言われています。
昔ならではの製法を守り続け、稲わらを用いて新芽を覆う、手をかけた方法で栽培をしています。
また、日光を遮ることにより、甘味コクが出るお茶になるということから、通常日光を遮る期間は2週間のところ、八女茶では20日程度の時間をかけます。
芽の数を間引くことで、大きな葉に育てる方法をとっています。これは「芽重型」栽培方法で、手間はかかりますが、品質の高いお茶になる最適な方法です。
八女茶の発祥と歴史
茶の栽培法及び喫茶法は、建久2年 (1191年)に栄西が宋から平戸と背振山に伝えた説と延暦24年(805年)に最澄が、延暦25年(806年)に空海が、唐から比叡山に伝えた説などがあります。日本の茶業界では日本文化の真骨頂といえる「茶禅一味」、千利休に繋がっていく系譜から、日本に「茶」と「禅」と伝えた栄西を日本茶の祖としています。
八女茶の発祥は、明から帰国した栄林周瑞禅師が応永30年 (1423年)に黒木町の 霊巌寺を建立するとともに、明式(釜炒り)茶の栽培・喫茶法を地元の庄屋 松尾太郎五郎久家に伝えたのをはじまりとしています。
その後 室町、戦国安土桃山時代とお茶は山間部集落で小規模に生産されました。
中国から日本にお茶の文化が入ってきたのは奈良時代〜平安時代であり、栽培はおよそ鎌倉時代の初期に始まり、その後全国へと広がりました。
八女地方にお茶文化が浸透したのは少し遅く、室町時代の初期に明(中国)から「周瑞禅師」によってお茶の種が持ち帰られて、栽培と製造法、喫茶法が伝えられました。
大正時代までは中国伝来の「釜炒り法」で作っていたものを、蒸製法に変え、ブランドとして八女茶を世界的に有名にする活動が始まりました。
八女茶が商標登録されたのは2008年のことです。
もうすぐ八女茶にも新茶の季節がやってきます
新茶とは、その年に初めて収穫される「一番茶」のことです。
4月上旬より中旬を目安に5月上旬が一番良い時期とされています。
新茶は希少価値のあるもので、特に重宝がられています。
おいしい新茶の時期はすぐそこです。
八女茶は日本茶本来の旨味やコク、甘味を存分に感じられるお茶であり、全国茶品評会にて10年連続で農林水産大臣賞、16年連続で産地賞を受賞したお茶です。伝統や品質へのこだわりが強く生産量が少ないため、お求めの際はお早めにチェックしてください。